false's tumblr RSS

Archive

7月
25th
permalink
中学の時に作文が上手な女の子がいて、彼女の付けるタイトルは、意外性のある想像力を掻き立てられるものだった。
タイトルも素晴らしいが、本文はその何倍も読む価値のあるものだった。
俺たちが「修学旅行の思い出」「金閣寺を見て」なんて駄文を書いている中、「もみじ」というタイトルなんだよ。
読んでみると、いきなり帰りのバスから始まるの。で、リュックにもみじの葉が紛れ込んでいるのを見つけて、「どこのもみじだろう?」と思い返すのが本文。
「○○でリュックを開けたけどもみじはあったかな?帰ってから写真を見てみよう」「○○のもみじはキレイだった。あそこのだったらうれしい」とか。
結局どこのかは分からないんだけど、一緒に行ったから「あそこにもあったよね」と、話したくなるんだよ。

一度コツを聞いたら、マンガを描くのが趣味で起承転結がどうのこうの言っていた。それは俺には無理だなと思った。
もう一つ、タイトルは最後に付けると言っていた。これなら俺にもできそうだったので、真似している。
6月
25th
permalink

地獄への道は善意で舗装されている」の本当の意味

みんなこの言葉を「善意が集まって悪いことが起こる」という意味で使ってるけど、本来の意味は違う。

本来は、「地獄へ行かなければならないような悪人地獄へ行く際に、その道中すら獣道であってはかわいそうだ、だから善意によってそこは舗装してあげよう」という話がもとになっていて、だから「どんな悪人に対しても、思いやりや善意の心を持とうね」という意味である

6月
22nd
permalink

私も家を留守にするときは、火の元や戸締りなど不安と妄想が渦巻きます。
確認行為の為に帰ることもしばしば。
くだらないと分かってても、やってしまう。疲れますよね。

そこで旅行する際などには、コンロやドアの鍵など、
出かける直前に携帯で写真を撮ってしまうことにしました。
不安になったらすかさず見て安心する。
私はこれでかなり症状が軽減しました

6月
15th
permalink
小三の娘に誘われて、スマホのゲームを入れた。早速同じギルドに入るように言われ、娘からの紹介でギルドマスターに挨拶をし、つつがなく入団。そこまでは良くある事かもしれない。こんなご時世だ。しかしな娘よ。お父さんは元「ネトゲ廃人」「廃課金」「最強厨」だ。負けねえぞ。金の力で勝つ。
6月
7th
permalink
5月
15th
permalink
4月
27th
permalink
carudamon119:

吹き出す画像 ‏@fukidasu_gazou  
やべぇ‥フィンランドの実写版スナフキンやべぇよ‥いやこれどうするよ‥やばすぎるだろ‥‥フィンランド最高かよ。

carudamon119:

吹き出す画像 ‏@fukidasu_gazou  

やべぇ‥フィンランドの実写版スナフキンやべぇよ‥いやこれどうするよ‥やばすぎるだろ‥‥フィンランド最高かよ。

(otsuneから)

permalink
357:名刺は切らしておりまして:2010/09/08(水) 02:47:36 ID:mKoP8fdo
そもそも「自活できていない理由」「頼っている他の収入とは何か?」の調査をしていない時点でおかしいわな。
常識的に考えて、多いのは「嫁がパートに出ている」「単に実家に住んでいる」だろう。
»1
>親の収入など他の収入に
>頼っている若年者は46.8%だった。

これは酷い印象操作だな。
元のソースには「頼っている」なんて表現はない。
親と同居している場合、親よりも収入があっても「自活していない」に分類される。
逆に親の生活の面倒を見ている場合でも、分類上は「自活していない」。
permalink
現在の日本

サラ金(消費者金融)利用者 2200万人
自己破産者数 30万人
年収300万円未満の世帯が日本人の30%
ワーキングプア(働いても生活保護以下) 400万世帯 これは全世帯の1割
自殺者年間 約3.5万人
生活保護受給世帯 103万人
ニート 85万人
不登校 13万8722人(35人に1人)
フリーター417万人,これは国内の労働人口の5人に1人
完全失業者 313万人


我が国の20年 (1991年〜2009年)

経済成長率 0%
税収の伸び率 -40%
財政赤字の伸び率  364%

老人の増加率  66%
子供の増加率 -23%

労働者を大切に扱う(当然の事)企業が多ければ、こんな事にはならなかった。
特に就職氷河期を長引かせ、その後無策だった事が災いしたな。現在の30代は内需と少子化の回復に貢献できない。
permalink

 東京都内の小学校で“衝撃のPTAデビュー”をしたのは首都大学東京准教授(憲法学)の木村草太さんだ。入学式が終わると突然PTAの説明が始まり、「我が校は一人一役です」と書かれた規約が配布された。思わず役員を引き留め、「『全児童の保護者と教員を会員とする』とありますが、PTAは任意団体。自動的に全員会員になる規約は法的に無効です」。周囲はポカーン。

                <p> 木村さんは「憲法21条は『結社の自由』つまり結社しない自由も認めている。参加強制は『違憲』」と語る。後日学校長から「確かに入会は任意。規約はあくまでPTAの気持ちを書いたものです」との説明を受けた。「心を込めて書かれたポエム、みたいなものですかねえ」と木村さんは苦笑いする。</p>
4月
24th
permalink

バターベルを知らずにパンが食えるか!

バターベルってご存知ですか? 私は先日バターベルの存在を知り、速攻で通販注文しました。このバターベルのおかげでパンをもっと美味しく味わえるようになりましたよ!
これがバターベル。いったい何かわかりますか?

バターベルとはバターを常温で保存できる容器のこと

バターを常温で保存する方法があるなんて知りませんでした。

バターベルがあればバターを常温で保存できるので、柔らかく、力を入れることなくバターナイフですくえます。冷蔵庫で保存されたカチカチのバターと違って伸びがいいんです。トーストしていないパンにだって、綺麗にバターを伸ばせましたよ。

  • バターナイフに思い切り力を込めてバターを削り取る
  • パンにまんべんなくバターを伸ばせない
  • パンケーキの上にのせたバターが溶けない
こんなシーンとはお別れです!


使い方は超カンタン。バターベルの特殊構造がバターを適切に保存

フタの部分はこのようになってます。ここにバターを詰め込むんです。

バターベルの仕組みはこんな感じです。
中に水を張り、バターを詰めたフタ部分を逆さにして保存します。 この水がポイント。バターが空気に触れることを防ぎ、かつバターを一定の温度で保ちます。その結果、バターを常温で保存できるんですね。
(水は3日程度で交換する必要があります。)

このバターベル、冷蔵庫ができる以前にバターを保存するために使われていた容器なんだって。

さっそくバターを詰めて使っていますよ。バターをとてもスムースに塗ることができるので、捗ってます。

バターは100グラム入りました。素材は陶器製。結構大きめのマグカップくらいの大きさです。
3月
21st
permalink
3月
9th
permalink
tkr:

Twitter / toomanyowls: 送っていただいた野菜で恐縮なのですが、これにはビックリ。これ …
送っていただいた野菜で恐縮なのですが、これにはビックリ。これどうなの、イトーヨーカ堂さん。長野と北海道に玉木敏明さんがいるの? 同姓同名で偶然キノコ農家さんなの? 消費者を騙すにもほどがないかい。他の県にも同じ人がいたりして。

tkr:

Twitter / toomanyowls: 送っていただいた野菜で恐縮なのですが、これにはビックリ。これ …

送っていただいた野菜で恐縮なのですが、これにはビックリ。これどうなの、イトーヨーカ堂さん。長野と北海道に玉木敏明さんがいるの? 同姓同名で偶然キノコ農家さんなの? 消費者を騙すにもほどがないかい。他の県にも同じ人がいたりして。

(otsuneから)

3月
8th
permalink

保育園のころ、魔法を使える先生がいた。

その人のことを、ここでは「まこ先生」としよう。30代前半で、職場では中堅のスタッフとして活躍していた。もちろん当時の私はあまりにも幼く、先生たちの年齢をきちんと把握していたわけではない。「若い先生/大人な先生/おばあちゃん先生」……それくらいザックリした認識しかできなかった。子供ながらに「まこ先生は頼りがいのある大人の先生だ」と思っていた。

まこ先生は、私が5歳のときの担任だ。

私が通っていたのは公立の保育園だ。高所得家庭の子供だけが集まる(?)私立保育園ならいざ知らず、様々な境遇の親たちが子供を預けていた。

とくに私の学年には、近隣の悪ガキどもが集結していた。暴れる、噛み付く、ひっかくのは当たり前。おもちゃはすぐに壊され、床や壁は汚される。みごとに手のかかる子供ばかりだった。すり傷やたんこぶは日常茶飯事だったし、親たちもいちいち目くじらを立てなかった。最近の保育園ではどんなに小さな怪我も許されないと聞いている。それに比べれば、なんというか、おおらかな時代だったのだろう。

私たちは3歳~4歳のときに数々の伝説を作り、悪評を確かなものにしていた。そして、そろって5歳児クラスに進級した。そこで出会ったのが、まこ先生だった。

その保育園は2人担任制だった。まこ先生のほかにもう1人、とても若い先生──ここでは「きく先生」としよう──が、私たちのクラスを担任していた。さらに時々、見覚えのない先生が来ていた。たぶんパートタイムの保育士を雇っていたのだろう。まこ先生ときく先生の2人の正規職員+パートタイムの計3人で、最凶の悪ガキ集団を迎え撃ったのだ。



きく先生は、子供からあまり好かれていなかった。

決まりごとに厳格で、ルール違反を絶対に見逃さなかった。たとえばお昼寝の時間。横にならない子供が1人でもいると、烈火の如く怒った。眠気があろうとなかろうと、子供たちを片っ端から布団に叩き込んでいた。私は昼間に眠くならない子供だったので、きく先生に監視されているお昼寝の時間がひたすら苦痛だった。

たとえばお散歩に出かけるとき、給食を食べるとき、そして読み聞かせをするとき。そんなときは、子供を1カ所に集めなければいけない。大人の言うことを聞かせなければいけない。ルールに厳格なきく先生は、きっと、号令1つで子供が動くのを理想としていた。「集まりなさい!」と命令すれば、子供たちが遊びをパッとやめて駆け寄ってくる。彼女はそういう状況を求めていた。

しかし私たちは悪ガキ様ご一行だ。そんなこと、できるわけがない。

言うことを聞かない私たちに対して、きく先生はヒステリックに怒鳴るだけだった。「集まりなさい!」「遊びをやめなさい!」「こっちに来なさい!」そして「言うことを聞きなさい!」……まこ先生が休んだときは、きく先生の怒声が教室に響くのだ。やがて子供たちも慣れてきて、きく先生の言葉を聞き流すようになった。「はいはい、集まればいいんでしょ?」みたいな斜に構えた態度を取るようになった。子供とはいえ、5歳にもなれば「話を聞くふり」ができるようになる。心の中では相手をバカにしているのに、態度だけ取り繕うことができるようになる。



まこ先生は違った。

たとえば子供を集めるとき。まず右手の指を3本、左手を2本伸ばして、胸のまえに突き出す。そして「あわせて、いくつだ!?」と近くの子供に聞く。相手はぽかんとしながら、「5つ?」と答える。「正解! それじゃ次は……」と、また違う組み合わせの指を差し出す。遠くから見ていた子供たちが(何か面白そうなことをしているぞ?)と気づいて、まこ先生の周りに集まってくる。

そして3分後には、クラス全員がまこ先生の前に集まって、われ先に「指の数クイズ」に答えようとしているのだ。

指の数を当てさせるだけではない。ある時は、なぞなぞを駆使していた。

「暗くって、暗くって…暗ぁ~いモノは、な~んだ!」

まずはかんたんな問題から。まこ先生の近くにいる数人が、声を揃えて「夜~!」と答える。

「正解! それじゃ次は……白くって、冷たくって、甘ぁ~いモノは、な~んだ!」

これもかんたんな問題。子供たちは大声で「アイスクリーム!」と答える。遠巻きに眺めていた子供も、(なんだか楽しそうだぞ)と近寄ってくる。

「次の問題は、ちょっぴり難しいよ~?」

もったいぶった口調で、まこ先生は言う。

「高くって、高くって、高~いモノは、な~んだ!」

「天井!」「屋根!」「うんてい!」

子供たちは口々に、自分の知っている「高いもの」の名前を上げる。

「ううん、もっともっと高いものだよ?」

遠くのほうで遊びに夢中だった子供たちか(まこ先生が何かしてる)と気づく。次々に集まってくる。

「えっと~、サンシャイン!」「東京タワー!」「富士山!」

子供たちは夢中になって、矢継ぎ早に答えを口にする。まこ先生は首をふる。

「いいえ違います!もっともっと、も~っと高いもの!」

いつの間にか、クラス全員がまこ先生の周りに集まっている。

そして声を揃えて、「「空!」」と叫ぶ。

「はい、正解です!」

まこ先生はニコッと笑う。

「それでは空を見に、みんなでお散歩に行きましょう!」


これは一例にすぎない。まこ先生はありとあらゆる手段を使い、悪ガキ連中を意のままに操っていた。優しいばかりではなく、イタズラをしたときは厳しく叱られた。私も何度かげんこつを落とされた覚えがある。それでも、まこ先生がヒステリックに怒鳴ることはなかった。

子供の主体性を引き出して、自発的に大人の言うことを聞かせる。

まこ先生の技術はまるで魔法だった。



     ◆



先日、まこ先生は長年務めた保育園をやめた。

定年よりも少しだけ早い退職だった。まこ先生いわく、体力が衰えたからだという。子供の抱っこがつらくなったから、もう保育士は続けられないと判断したそうだ。園長や役所の管理職を目指すのではなく、まこ先生は最後まで保育の現場に立ち続けた。

まこ先生のかつての教え子や、その親たちが集まって、ささやかな「お疲れさま会」を開くことになった。

私も同席した。20年ぶりに再会したまこ先生は、記憶のなかの姿よりもずっと小さかった。目尻や口もとには年相応のしわが刻まれて、「お酒は医者に止められているから」とウーロン茶しか飲まなかった。まこ先生はすっかり「おばあちゃん先生」になっていた。



きく先生が苦手だったこと。まこ先生はまるで魔法使いだったこと。

私がそんなことを話すと、まこ先生は控えめに笑った。

「きく先生だって、悪い先生じゃなかったのよ?」

ウーロン茶で口を湿らせて、まこ先生は続けた。

「たしかに、ちょっとマジメすぎる部分はあったけれど……でも、保育に対する情熱は私と変わらなかった。もしかしたら、情熱は私よりも強かったかもしれないわね。少なくとも『話を聞く子を育てたい』という目標は同じだった」

表面的な態度を取り繕うのではなく、心から大人の言うことを聞く子供。大人が与える言葉や知識を、すんなりと飲み込める子供。そういう子供でなければ、小学校に上がってから苦労する。幼児教育においても「保育目標」が設定されていて、子供たちを一定の水準まで育てあげる義務があるという。

「大人の命令を聞くという意味じゃないわよ」まこ先生は念を押した。「先生や親の授ける知識をスッと受け止めて、自分の頭で判断できるようになる。そのためには、大人の話をきちんと聞く子供でなくちゃいけない。私たち保育士がそういう子供を育てられなければ、その子の一生が滅茶苦茶になっちゃうわ」

責任の重たい仕事だったわね、まこ先生はしんみりと言った。

「だけど、ばつぐんに面白い仕事だった」

私は食い下がった。

「そうは言っても……やっぱり、きく先生のやり方がいいやり方だったとは思えません。子供たちはみんな、きく先生の話を聞く“ふり”をしていました。まこ先生のおっしゃる『目標』とは真逆ではありませんか?」

「そうね」

まこ先生は目を伏せる。

「気づいてほしかったけれど……。きく先生は気づいてなかったのかもしれないわね」

「気づくって、何に?」

子供は考えるのが好きだってことに」

昔のように、まこ先生はニコッと笑った。



指の数クイズも、なぞなぞも、まこ先生の技術は「子供に考えさせる」のが土台になっていた。「考える遊び」を駆使して、まこ先生は悪ガキどもに言うことを聞かせていた。

子供の「考える力」には個人差がある。

なかには頭の回転が速い子供がいる。言葉が達者で、口から先に生まれてきたような子供がいる。その一方で、ぼんやりしていて、何をするにもワンテンポ遅れてしまう子供がいる。けれど、どんな性格をしていようと子供は考えるのが好きだ。まこ先生は、そう言った。どんなにおっとりした子でも、その子なりに「自分で考える」のは楽しいのだ。頭を使うのはよろこびなのだ。

「だから、まったく考える余地を与えなければ、子供は言うことを聞かなくなる。表面的に取り繕うだけになってしまうの。反対に、ちゃんと考えさせれば、子供はきちんと言うことを聞く」

そして自分で考えた結果が「上手くいった」と経験するのが楽しい。1~2歳なら、パンツを自分で履けた。靴下がうまく履けた。そんな小さな成功が、子供は嬉しい。だから子供が何かに初めて成功してたとき、大人がきちんと褒めるのが大切だという。

「なるほど! 子供は褒めて育てるのが正解なんですね!」

「そうは言っても、褒めすぎもよくないのよ?」

「だけど…頭ごなしに怒鳴るよりもいいですよね!」

「怒鳴りたくなることぐらいあるわよ。人間だもの」

40年近く子供と向き合ってきた人は、考え方の“厚さ”が違った。

「すごい、すごいと何をしても褒める親がいるけれど……褒めすぎると、今度は『すごい』と言われないと不安な子供に育ってしまうの。トイレに行っただけで『すごい?』と親に訊く。靴を履けただけで『すごい?』と承認を求める。できて当たり前のことを褒めるのは、子供にとってプラスにならないと思うわよ」

まこ先生は言葉を区切った。

「それから、今の親たちは忙しいでしょう。朝から晩まで働いて、くたくたに疲れて帰宅する。なのに子供はタダをこねて、まったく言うことを聞かない。そんなとき、怒鳴るなというほうが無理でしょう。どんなときでも笑顔を絶やさないのは、超人的なお母さんにしかできないわ。大人だって怒ることもあれば、キレることもあって当然。人間なんだから」

私はおずおずと答えた。

「そうは言っても……子供に対してムキになって怒るのは、やっぱりよくないことだと思います」

「そうね。子供の扱いに慣れていたら、怒らないで済むかもしれないわね。大人がカッとなるのは、子供に言うことを聞かせる方法が分からないからだと思うの。どうしても子供が言うことを聞かないから、どうすればいいか分からなくなって……それで頭に血が昇るんじゃないかしら」

「つまり、子供に慣れるのが大事ってことですか」

「そう、今の親たちは子供に接する機会に乏しい。人によっては、自分の子供ができるまで、まったく子供の面倒を見ずに大人になる」

だから子供の扱い方が分からない。

「たとえば、何を褒めるべきで何を褒めなくていいのかのさじ加減とか、疲れ切っているときでもキレずに済ませる方法とか、そういうものは子供と接してみないと分からない。子供と向き合った時間が長ければ長いほど、子供がどういう生き物なのか分かってくる。そして、うまく子育てができるようになる。私はそう思うわ。……ところで、あなたは結婚していなかったわね。あなたの身近に子供はいるかしら?」

「はい、姪っ子たちと……あとは子持ちの友人が何人かいます」

「だったら、その子たちとできるだけたくさん会っておくといいわね。あなたの知らないことを、子供はたくさん教えてくれるはずよ」

「そうすれば、私にも魔法が使えるようになるでしょうか?」

「魔法?」

まこ先生は首をふる。

「そんな大それたものじゃないわ、私は自分にできることをしていただけよ。私には保育ぐらいしか、できることが無かったから」

2月
26th
permalink
国会図書館に行って30年前の雑誌掲載(プログラムが印刷されてある)のプログラムを手に入れ、 マシン語モニタを作成し 16進のマシン語プログラムを打ち込み Z80(CPU)アセンブラをC言語に変換するツールを作成し、 Z80データシートから消費クロックを計算しX1実機での速度にあわせ、 PSG(サウンドチップ)データシートを解析しサウンドドライバを作成し、 ゲームオーバーの曲を鳴らす部分はBASICなのでMMLを実装 オシロスコープで出力波形を比較して実装を修整する。 見たいな工程を経て作成されています。

h o v e r - a t t a c k

すげえ

(via tnoma)

(otsuneから)